■「異次元の金融緩和」10年のツケ
2024年8月、日米の金融政策決定をきっかけに、日本株は歴史的な株価急落に見舞われました。そして9月初旬、日経平均株価は再び大幅下落。いまなお市場の不安定な状況は続いています。
株価乱高下の背景には、米国景気の先行き不安があるといわれましたが、決して見逃せない原因がもう一つあると私は考えています。それは、日銀が2013年4月から始めた大規模な金融政策、「異次元の金融緩和」です。
金融政策を「異次元」と掲げ、日銀(日本銀行)によるETF(上場投資信託)などのリスク性資産の買い入れが始まったのは2013年のこと。物価の安定目標を「前年比上昇率2%」として量的・質的金融緩和に踏み出すと同時に、政策金利をマイナスにしました。
その長年のリスク性資産である株式ETFの買い入れが異次元でなく、常時の状態であることに慣れてしまった市場に目覚まし時計が鳴りました。2024年3月19日、日銀はリスク性資産の買入終了を発表し、政策金利をマイナス0.1%から1%に引き上げたのです。
ただ、17年ぶりの利上げにもかかわらず、特に米経済の減速感が強まりつつある現状でも為替相場が円安に振れたということは、市場はまだ夢を見ていたようです。
日本が低い金利を上げる一方、アメリカは高い金利を下げる。その金利差が縮小するなかでドル高・円安が続く事態こそが、異次元です。7月末、日銀が政策金利をさらに0.25%引き上げたことで、8月初旬に株価は乱高下。外国為替市場では円高が急速に進行し、急に市場は目覚めました。
■日銀が続けてしまった「財テク」
日銀は長らく、「異次元の金融緩和」という名において、ETFなどのリスク性資産を買い続けてきました。「お金を常時、経済社会に供給するために」という名目でリスク資産を購入することは、明らかに異次元です。
リスク性資産は、価格が上下するものです。また、債券と異なり、株式ETFには償還がありません。日銀のバランスシートが、そのような資産で永遠に“変動する”こと自体がそもそも不健全なのです。なぜなら、投資の原本が“借りているお金”だからです。日銀は政府機関ですが、信用によってお金を調達している実態は変わりません。
たとえば80年代のバブル時に「財テク」という言葉が日常的に使われましたが、財テクというのは、“自分のお金ではないお金”を使い、株を買うこと。厳密に言えば、他人のお金を用いてお金を買うというのが財テクなのです。この時代では“当たり前”のことでした。
もちろん、中央銀行は個人と異なります。ただ、お金を借りて、レバレッジをかけて、リスク資産を購入するという構造は財テクと変わりません。こうした不健全な状態を、常時当たり前と思って続けてきた。それが、2024年3月19日に終了したのです。
しかし“正常化”ということになると、いずれ日銀がETFを売るのかもしれないという状態になる。そうなったら、市場はどうなるのか。このような不安が生じることは当然のことでしょう。“正常化”=“ETF売却”と必ずしも直接的につながるものではありませんが、“異次元”の常識から脱却しなければならないことは確かでしょう。
■為替オペレーション大失敗の正体
もう一つ、円安の問題について。日銀がETFを買うなどといった市場にお金の量を増やす行為は、いわば“お金の価値を下げる”ことです。円の価値が下がるということは、円通貨の価値を意図的に下げる=意図的に円安を導く、ということになります。
2022年に米国が政策金利を急速に引き上げたときに、日本が追随しなく、日米間の金利差が拡大し、円安が進みました。そして、やっと日本が金利を上げようとなったときに、アメリカは金利を下げる局面に入ってしまった。周回遅れとはいえ、アメリカが金利を下げようというときに日本が上げようとして金利差が縮小すれば、円高に振れるはずですが、それがなかなか振れなくて160円までいってしまった。
これは、日本の通貨の番人である日銀の信任が薄れてしまったことを、為替市場が為替レートに織り込み始めていたと言えるかもしれません。株式が4000円下がる以上に、日本の経済社会にとっては破滅的なことだと私は思っています。
円安を放置し、それに慣れてしまった株式市場が、円高への調整の局面で一気に売られてしまった。こうした組織の意識決定の遅さは日銀だけでなく、日本全体の重要課題であると言えます。
■日銀がすべき株価乱高下防止策は何だったのか
今回の株価の乱高下は、ある意味、当たり前のことをやってこなかった反動だとも言えるでしょう。
当たり前にすべきこととは何だったのか。
日銀は、そもそも「異次元の金融緩和」としたわけですから、当初から出口戦略を定めるべきでした。どうすれば、金融が正常化するか。何をもって、正常化とするか。それを市場と対話して進めるべきだったのではないでしょうか。
もちろん政治的なプレッシャーも含めて、さまざまな事情もあったでしょうが、数年で目標の2%にならなければ、そのときにリーダーが意思決定をして、別の方向に舵を取るべきではなかったでしょうか。それが2年どころか、何年も達成できないまま、結局うやむやになってしまいました。
日本にはどこか、失敗を許さない文化があります。それゆえ誰であっても、それを失敗と認めるのを避ける傾向があるのかもしれません。断固として「これは失敗ではない」「まだわからない」と。
日銀総裁一人が悪いわけではなく、政治家もメディアも含めて社会も責任があります。ひいては日銀に引いた弓が、自分に返ってくると言ってもいいでしょう。
今後、市場がさらに円安に振れたら、私たちそれぞれがそれぞれの立場で「これはおかしい」と言うべきだと思います。国内ではまだまだ、「円安になると、輸出業者がもうかるから」と安易な正当性を述べる人がいます。確かにそうですが、われわれ消費者のほうが輸出業者より多いのです。
「円安でわれわれの暮らしが圧迫されているんです」と、一人ひとりが声を上げていくときです。ドル160円のピークから、140円台前半が“円高”と言われる現状では今更です。
■少額積立投資は市場変化を乗り越える
今回の乱高下によって、新NISA(少額投資非課税制度)で株式投資を始めたばかりの人の中には、慌てて手放した人もいるようです。しかし、日銀が「異次元を正常化します」と言っただけで、株式市場にこれだけの影響が出たわけですから、異次元の政策を普通の状態に戻すだけです。パニックになる必要は全くないはずです。
また、毎月数万円の少額積立投資をしているのであれば、パニックになる必要はあるでしょうか。
2024年1月からスタートした新NISAは、口座開設が急増していますが、年間120万円の投資から生じる利益が無期限に非課税優遇される「つみたて投資枠」は、私は誰であっても始めたほうがいいと思っています。
既存の「つみたてNISA」は時限的な制度でしたが2021年、私自身が岸田政権下で発足した「新しい資本主義実現会議」のメンバーとして参画したときには、つみたてNISA制度の恒久化を提案しました。
少額のお金を長期的に毎月積み立てていけば、株価が下がればより多く口数を買えるし、株価が上がれば少なくしか買いません。つまり、価格が下がれば、購入する口数が増えるという気持ちの良い投資です。ですから株式市場が乱高下するときでも、価格に惑わされず落ち着いて資産を形成できるのです。
■NISAの意義とは何か
今回の株価乱高下の経験を自分のものにしてみること。それは、「お金とどう向き合うか」を自問自答することに他なりません。投資へのいざない、そのもの。アクションのきっかけだと考えています。これからキャリアを積んでいく若者たちが、毎月丁寧に積み立てながら、時間をかけて資産形成するのを支える土壌だと思っています。
資産運用は「長期」「分散」「積立」が基本です。
金融商品の種類や投資先の地域、業種を適度に分散させることで、リスクを減らす。日々の値動きにあまり左右されず、積立投資を続けることで、長期的に資産の形成へとつなげる。NISAも、これを基本にしたシステムです。ですから、毎月の家計で無理のない範囲の「つみたてNISA」を、私はお勧めします。
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シブサワ・アンド・カンパニーCEO
1961年生まれ。83年テキサス大学卒業。87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン銀行、ゴールドマン・サックス証券会社などを経て、2001年シブサワ・アンド・カンパニーを創業。08年コモンズ投信を設立し、会長に就任。多数の公職と共に、外務省「SDGsを達成する新たな資金を考える有識者懇談会」座長などを務める。著書に『渋沢栄一 100の訓言』(日経ビジネス人文庫)、『SDGs投資』(朝日新書)など多数。渋沢栄一の玄孫(5代目の孫)にあたる。
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(出典 news.nicovideo.jp)
株価が4000円を下回ることで、日本経済の基本に対する信頼が揺らぎ、企業の投資意欲が低下する危険性があります。日銀の役割が問われている今、果たしてどのような施策が求められているのか、また、どのように市場との信頼関係を再構築することができるのかが、喫緊の課題です。
この株価暴落を受けて、日銀の金融政策や経済対策が新たに見直される必要があります。市場の信頼回復にはリーダーシップが求められ、透明性のある情報発信や効果的な政策実施が求められるでしょう。果たして日本の経済が立ち直るためには、どのような手立てが必要なのか、私たちも考えるべき時です。
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